このページでは当館を僅かな自費のみで実現し、維持運営をしているかの内情やコストをご紹介します。
残念ながら当館の経営は赤字ぎりぎりの状態で、館長の副業務の通販やアルバイトなどで補填して運営している状態です。なにしろ、開始してから月間の売り上げが10万円を超えたことがほとんどなく、だからこそ徹底したコストカットを行っております。
●どうやって100万円で水族館を作ったか
・開始時の概ねの費用
あらためてまして、当館を開業するための費用は概ね以下のような金額でした。費用は概算です。
建物の外装・内装の修理部材・ペンキ代等(約)¥40,000
水槽等の設備の部品代 ¥350,000
水槽展示台のための木材や補修部材など ¥110,000
電材・接着剤・その他のもの ¥84,000
準備期間の家賃 5か月分 ¥50,000(運営開始後は月2万円)
お客様への損害保険代(一年分) ¥22,000
初期の生物、貝殻など展示物購入費 ¥300,000
木のおもちゃ初期14台分の材料費 ¥数万程度
他、旧海水館営業時に使用していた中古のポンプ、ヒーター、ライト、養殖していたサンゴなど非常に概算ですが
30~50万円分前後の資材、生物を流用しました。
●電気代等、実際の運転コスト
・水槽数:約30本 総水量:約3200L
<電気代>
春 (電気代の最も安い月) 2025年6月 約¥10,000
冬(1月)の電気代 2025年1月 約¥35,000
2026年1月 約¥25,000
夏(8月)の電気代 両年共に月間 約¥25,000
・電気代低コストの工夫
・各水槽には背面・側面に発泡スチロール板、プラダンなどを使用して保温措置を行っている。
・もっとも高水温を維持したいサンゴ類(約25℃)90cm4本の背面に、野母崎の魚類の水槽(90cm×5本)を貼り合わせ、
サンゴ水槽からの熱の発散を吸収させ最低でも水温13℃以上をほぼ維持し、野母崎の魚類水槽にはほとんどヒーターを必要
としていない。
・ポンプの流量を各水槽、生物に必要なものを見極め、不要に強いパワーのものを極力使わないようにしている。
・室温は冬は空調をしようせず、水槽の水温のみで若干の暖房のみとしている。(夏場は窓用エアコン4台で対応)
●還元ろ過(海水を交換せずに済む技術)のご紹介
当館の生物の飼育、管理には現在運営している「海水館NOMOZAKI」の前身「海水館 水族環境学研究室」(2002~021年)が、サンゴ養殖・海水生物の販売と共に蓄積してきた研究と技術が大きく役立っています。その中でも最も重要なものが、生物を飼育している海水を、水中に蓄積してくる窒素分を空気中に排出することで交換せずに使い続けられる”還元ろ過”の技術です。(バクテリアの養分として砂糖を使用しています。)
★この技術は令和8年4月23日に放送されたNBC長崎放送ピント!内で僅かな秒数ですが紹介され、これをもって公開公知技術の証明とさせていただきました。(以下、放送時の画面です。)
★本技術の使用されたい方へ
公開公知につき、この技術は万人に使っていただけます。ただし還元ろかは有害な亜硝酸や硫化水素の発生もともなう危険性と表裏一体であるため、十分に注意し以下の当館運営の本店(海水館NOMOZAKI)の関連サイトを参考にしてください。
(還元ろ過について ご注意喚起 と自作サポート)
https://kaisuikan-nomozaki.com/kaisuikan/kasseiteimen-box-jisaku-gotyuui.htm
(過去販売していた生分解ポリマーを用いた還元ろ過BOXの紹介ページ)
https://kaisuikan-nomozaki.com/reefpower/kasseiteimenbox/kasseiteimenbox.htm
●一番の節約は「自分でする」という事でした。
当館の作成費用や運転コストをお伝えすると信じられないという方も居られるかもしれません。一番重要なことは、工事や作業を他人や業者にさせるのではなく、自分でするという事でした。今、事業やお店とするときに業者に工事してもらうさせることが一般的になっていますが、もし当館の工事を他人に依頼していればおそらく数千万円はかかったのではないかと思います。
ただ、個人的には事業において「できることは自分でする」ということは当然と思います。あるいは「自分でもできる方法に変える」という考え方も大事かと思いました。
・人に頼っていたら、自分の技術は育たなかった。貧しさと厳しさが育てた技術。
私(館長)はよく器用だと言われますがもともとは不器用です。子供の頃からお金がない所をどうにかして自分で作る事が当たり前で、またそういう努力をする姿を親も応援してくれました。また旧海水館を営業開始してから時代が悪くなるにつれて、どうにかして新しい製品を自分で開発したり、自ら経営改善をしなければ食べていく事すらできなくなっていきました。また2013年からは一層厳しい中家庭の事情で野母崎で一人で暮らし始め、一人で何か困っても自分で必死で答えを探し、努力して解決するしかなかったのです。パソコン、モノづくり、サンゴ養殖における生物や研究も、あるいは何か困っても全部自分で勉強し、人が助けてくれた事は稀な事でした。一方、周囲の色々な方から困った時にはお呼びがかかり、無償か僅かな費用をいただいていろいろなお手伝いをさせてもらいました。電気工事士の免許をもっておりますが、もともとは母のために台所を工事するためにとったものでした。そういう中から、色んな技術が自然に身についていったということがありました。